|
「高齢者食品」 高齢化社会での賢い「食」の利用とは
年齢を重ねるに従って、身体機能は誰もが衰える――。嚥下・咀嚼機能の衰えを補えられれば、誤嚥性肺炎の予防にも貢献する。高齢化社会を迎え、要介護者やその家族の生活環境を快適化するための製品やサービスが続々と開発されているいま、「食」を利用した高齢化社会のあり方を、老人医療の現場と開発者の目を通して探る。
 |
とろみ、キザミなどの工夫で嚥下・咀嚼機能を補う |
湘南ホスピタル(神奈川県藤沢市)栄養科の林静子主任は、20年以上にわたり、嚥下補助食の研究を続けている。介護療養型医療施設で、入院患者の平均年齢86歳という同院では、多少なりとも嚥下に困難を有する患者も多く、それを想定した給食を院内で調理する。
一方家庭においては、飲み込み補助食品(増粘剤)が必要となるケースが出てくる。 増粘剤は、既製の食品にとろみを付けたいときに使う。液体タイプのものはきざみ食、ミキサー食に加えるのに便利だ。嚥下障害の初期の患者には、ベビーフードを用いることもある。これは、患者の退院後をにらんだ教育的な意味もある。
また、長野県松本市の特別養護老人ホーム「うつくしの里」では、入所者のうち約3分の1にミキサー食、極キザミ食を出している。しかし、入所者の咀嚼・嚥下機能は一様ではなく、その度合いに応じて増粘剤でとろみをつけて提供している。また、その日の給食のメニューでどうしても食べられないものがある人には、レトルトタイプの調理済みキザミ食が便利だ。
ところで、高齢者に水分摂取は重要であり、むせないように工夫して、水分を補給する必要がある。増粘剤はそんなときにも役に立つ。お茶を飲む際、これでとろみをつけ、「食べる」ような感じで摂取する。
高齢者は食事摂取量が低下するが、必須栄養素は補給せねばならない。そのため、各社が発売しているデザートには、不足しがちな栄養素(鉄、カルシウム、食物繊維など)が摂取できるものもあり、これらをおやつに利用する。
 |
高齢者が高齢者を介護する時代到来 |
国民生活基礎調査によれば、65歳以上の高齢者人口は2000年現在で、2170万人となった。このうち在宅人口2030万人を見ると、健常な人は620万人で、疾病治療を要する人1300万人、要介護者110万人となっており、健常な高齢者は在宅でも3分の1にも充たない。一方、入院・入所者は140万人で、7割が入院している。10年後には高齢者人口そのものが25%増となる見通しだ。核家族化した現在において、高齢者が高齢者を介護する状況は、決して珍しいものではない。高齢者食品の需要は病院や施設だけでなく、在宅においても拡大するだろう。
農林水産省・食品産業企画課の岩崎哲朗課長補佐は、「介護食、ヘルシーメニュー、糖尿病食などの高齢者に配慮した食品については、外食を含めた食品産業サイドからも提案していくべきです」と話す。食料の安定供給という観点からも、身体機能が衰え、買い物や調理ができない高齢者に向けて、食品産業を育成していく必要があるとし「コンビニでは若者に向けた総菜や弁当などが陳列されていますが、高齢者家庭が増えることを考えると、高齢者に向けて咀嚼しやすく柔らかい食品を提供することも産業界は担っています」という。現在のところ、具体的な政策はないものの、岩崎氏は「伝統や地域性などの文化を加味しながら、ニーズを捉えて試行錯誤しながら開発していくことが期待されます。高齢者に配慮した食品は、減塩したヘルシーメニューというような、家庭食と治療食の間に存在するものとなるでしょう」と将来像を語る。
前述の林氏のもとには、一般的な高齢者食品について企業から相談を持ちかけられるケースも多い。林氏は、これらの食品をうまく日常に取り入れ、介護者・被介護者双方がゆとりを持って生活することを提案する。
そのために、高齢者食品に求められる要件は6つ。(1)高齢者が食べきれるだけの量で、栄養素が摂取できる。(2)高齢者の好む食材。(3)味はもちろん、見た目、食感などもよい。(4)おかずのバリエーションが豊富であること。(5)値段が手ごろであること。(6)身近なところで、手軽に手に入ること。
湘南ホスピタルではこのような食品の資料を用意し、入院患者が在宅療養に移行する際に勧めている。しかし、家族の中には既製の食品を利用することに抵抗を感じる人が少なくない。「私たちの普段の食事でも、スーパーで買ったおかずを食べることはある。介護するほうが倒れたら仕方がない。うまく組み込むほうが賢い」と林氏は話す。
 |
高齢者の疾病と食品との関係 |
食品は、栄養的な側面を除いても、高齢者の疾病と直接的に結びついている。
代表的な誤嚥性肺炎は嚥下・咳反射機能の低下が招くことが多い。嚥下・咳反射の伝達物質サブスタンスPは、大脳基底核の脳血管障害によってドーパミン合成能が低下することによって、合成が低下する。そのため、東北大学老年呼吸器病態学講座の佐々木英忠教授は「“老人科は全人的に診るといわれているが、高齢者の肺炎は、肺炎そのものだけでなく脳血管障害を疑うことが重要だ」と指摘する。
一方、誤嚥性肺炎への予防策として、摂食・嚥下障害を改善することが重要だ。その際、口腔ケアや脳血管障害の予防指導などのアプローチや、高齢者に配慮した食品の利用も有効な手段となるだろう。
 |
在宅介護で活用される食品の現状と課題 |
在宅で介護する場合、食事の準備に手間がかかったり、高齢者の状態によっては食事を摂る時間もままならないこともしばしば。最近では大手食品メーカーも介護・高齢者食品分野に相次いで乗り出してきているが、現時点ではまだ一般への認知度は低いようだ。百貨店の高齢者食品売場、治療食専門店では豊富な品揃えとなっているが、今後はドラッグストアやコンビニエンスストア等で手軽に、そして多くの種類のなかから選択できることが望まれる。
 |
先ずは、「見た目」がおいしいこと |
高齢者食品は消費者から「味」に対する意見・要望が多い。特に独特の添加物臭や薄い味付けなど今までの食事との違和感を訴えるケースが多い。また、高齢者食品を利用する上で重要なファクターとなるのが「見た目」。高齢者が積極的かつ楽しみながら食事をすることが症状改善に一役を買うため外見の良さがポイントとなる。しかし、栄養面・機能面・外見の条件を満たすことは容易でなく、各メーカーでも努力を重ねている。嚥下障害の有無は唾液を繰り返し飲み込むことで判定が可能だ。高齢者の場合、30秒間に3回以上できれば大きな支障はないという。実際に介護・高齢者食品を購入するに当たっては、各メーカーともどの程度の機能障害にどのような商品が合うかは独自の基準を設けており混同しやすい。今後、各社共通の目安の構築が望まれる。
 |
ヘルパーが家族に介護・高齢者食を推奨 |
歯科領域でも介護・高齢者食には注目を寄せている。訪問歯科診療を手がけるPエムズコレクション(東京都墨田区)でも在宅訪問歯科診療の際に市販の介護・高齢者食を活用している。濱田真理子社長の話では、「高齢者にとって口から食べるということは重要なことです。起きあがれなかった人が起き上がれるようになったり、歩けるようにもなったりすることもあります。調理済の介護・高齢者食は介護者にも好評です」最近では口腔と全身健康との関連が注目されつつあり、口腔から栄養を摂取することで全身症状に改善が見こめれば、介護現場で実際に世話をする家族やヘルパーの負担も軽減される。また、介護・高齢者食品の場合、ヘルパーが高齢者本人の意向を踏まえ、独自のアドバイスを加える。これをもとに家族・介護者が高齢者食の購買意思を決定することが多いという。そのため、キーパーソンとされるのは高齢者自身というよりは実際に介護に当たる介護者(ヘルパー)ということになる。
 |
病院食・高齢者食の小売専門店 |
(株)日盛(東京都千代田区、03-3262-8861)は都内でも数少ない病院食・高齢者食の小売を取り扱う専門店のひとつ。病院や特養・老健施設と契約を結び、高齢者食品を納入している。病院・施設のほか、個人向けにも販売を行っており、本州域内は宅配サービスをし、ケース単位ではなく1袋からでも購入することができる。同店には介護者・ヘルパーはもとより、患者自身も多く訪れ、病院専属の栄養士による指導をもとに購入していく。同社代表取締役の奥野美佐子氏の話によると、「ほとんどの病院には栄養士が配置されていてその指導のもとに購入していきます。このほかにもかかりつけの診療所から患者さんも訪れますが、診療所の医師は栄養指導について知識が少ないため、患者さんにも戸惑いがみられる場合があります」という。これからは病院に留まらず診療所でも栄養指導が行える環境整備が必要なのかもしれない。
 |
選択の幅が広がりつつある高齢者食品の数々 |
キューピー(株)(03-3300-0133)が2000年8月から販売している「やさしい献立」シリーズは、嚥下困難な高齢者向けのレトルト食品。同シリーズは栄養バランスとカロリーの調整をこれまで培ってきた病院食とベビーフードの技術で応用。現場で介護するヘルパーにも好評だ。主食にはおじや、うどん等8品、副食は6品で「見た目のおいしさ」にも工夫を凝らしている。9月に発売された「うらごし野菜」は2種類の野菜をペースト状に仕上げ、機能障害が重度の人向けに嚥下しやすくなっている。
明治乳業(株)の「食療館」はベビーフードの開発技術を活かし商品化したレトルト食品。果物を刻んだゼリーなどデザート類も多い。果物を刻んで入れたゼリーや小豆をムース状にしたもので、歯茎だけでも食べることができる。全15品目のうち4品目をこれらデザート類が占めている。
抗アレルギー剤などで知られる医薬品メーカー・キッセイ薬品工業Mは、高齢者・介護補助食品、病者用食品を中心に40銘柄を揃え、高齢者のQOLの向上に貢献している。同社は平成2年に食品事業室(現・ヘルスケア事業部)を立ち上げ、早くから医薬品と食品の中間領域の研究を開始した。液体タイプの嚥下補助食品「スルーソフトリキッド」や、手間のかかる食材の利用を簡便にした「やわらかキザミ・ごぼう」をはじめ、現場のニーズに配慮したユニークなラインアップが評価され、多くの病院、施設で使用されている。同社では、・おいしい・安い・使用が簡便――を主眼に今後も開発を続けるとしている。
白十字(株)の「愛情厨房」(8品目)は、厚生労働省許可「特別用途食品そしゃく困難者用食品」を取得したきざみ食。独自技術の「ダブル加熱製法」の採用で素材のかたちを残す努力がされている。
日本ハム(株)の「ふわりっこシリーズ」は、高齢者に不足がちな動物性タンパク質がおいしく摂れる肉食品。ポークやチキンなどを主原料に食べやすいやわらかさに仕上げ、タンパク質を中心にカルシウム・食物繊維を効果的に補給できる。
ヘルシーフード(株)では嚥下・咀嚼障害者に配慮したとろみ調製食品を取り揃えている。「トロミアップA」、「トロミクリア」はスティック状の個別包装で利便性も高く、デキストリンや加工澱粉を主原料にあらゆる物にも溶けやすく、時間が経過してもとろみに変化がないのが特徴。ポタージュ状、ヨーグルト状、ゼリー状とさまざまな形態に応用ができる。 レトルト食品中心の介護・高齢者食だが素材の風味を生かした冷凍食品も登場している。
(株)加ト吉は医療食メーカーと提携して発売しているのが「こまやかさん」で60品目と種類も豊富で選択性に優れている。介護・高齢者食としては素材を大きめに刻み、食感を重視しているため、軽度障害者に適している。
旭松食品(株)の「やわらか百菜」も冷凍食品。全62品中45品にはきざみ食とペースト状の2タイプを揃え、機能障害の程度に合わせて選ぶことができる。
家族をサポートするサプリメント利用
 |
イチョウ葉「EGb761」で痴呆予防の疫学調査 |
健康寿命に貢献するものとして、食の役割が注目を集め、米国をはじめ先進諸国では、老年期向けのサプリメントの研究が実施されている。
米国では、痴呆改善薬としてイチョウ葉エキスの有用性を検討しており、痴呆症への予防的側面からも大規模な疫学調査が実施されている。イチョウ葉エキスのような植物製剤を、FDAが医薬品申請を検討していること自体が異例のことだが、それだけに対痴呆症政策の深刻さが現れている。
申請中のイチョウ葉エキスは、ドイツのW.シュワーベ製薬で開発された「EGb761」で、現在70カ国以上で承認されている。米国では、サプリメントとして流通しているが、97年10月の米国医師会誌JAMAにアルツハイマー病、多発性脳梗塞痴呆症への二重盲検試験の結果を掲載されて以来、医学会の関心を集めている。報告によればEgb761の投与後、試験期間中(1年)は痴呆患者の認知能力、社会的機能の改善が見られた。国内でも、療養型病床などで臨床応用する病院もあり、院内研究会で症例報告する医師もいる。また大学病院でも、神経内科や老年病科などで、患者の使用を許容しているケースが見られ、痴呆の進行を痴呆症の専門医間での認知度は高い。
 |
環境改善で、患者・家族のQOLが向上 |
「他の老人施設でも使えばいいのに」――。伊豆函南セントラル病院の板垣篤事務次長が語るのは、消臭食品として開発された「エチケットビュー」のこと。
同院では、療養型病床87床のうちオムツが必要な入院患者全員が「エチケットビュー」を食後に摂取している。同院では適時(1日6回)、オムツを交換しているが、全員が摂取するのは1人でも摂取しない人がいると、ニオイはたちまち蔓延し、他の入院患者の療養環境を乱すからだ。同品(約1カ月分3000円)は患者負担で、7年前から採用、入院費明細にも記載されている。療養環境の改善策として始められたニオイ対策は入院生活を送る患者だけでなく、見舞いに来た家族にとってもよい結果をもたらした。「排便臭、尿臭がゼロになるわけではありませんが、介護・看護環境の改善に多くのメリットがあります。今の時点で、副作用は見られません。家族も気分よく見舞いに来られます。他から転院してきた患者の家族は、特によく分かるようです」(板垣氏)。さらに「我々職員は臭くてもガマンすればいいわけですが、ニオイがなくなったお陰で、職場環境も改善されました」と付け加える。
同品は、緑茶抽出物をベースに野菜果物抽出物を配合したOS液を主原料としたサプリメントで、施設だけでなく、在宅介護での利用者も多い。
|