統合医療カンファレンス

 第7回 統合医療の目標 
 根源的に生きることに奉仕。

 ロマリンダクリニック院長 富永国比古

 真の統合医療とは 癒すものと、 癒される者が共有して行こうという、 誠実な努力でなければならない。 病むことも、 また、 障害を持って生きることも、 決して 「不健康」 ではなく、 人間の究極的価値の実現に至る、 大事な要素であると考えたい。


 「集団に効くこと」 と「個人に効くこと」の違い。  

臨床医学は長い間、 病める患者と、 その患者の訴えを<解釈>しようとしてきた医師との相互的関係 (interactive relationship) を重視してきた。 その経験の積み重ねから、 「臨床の知」 が生み出され、 蓄積されてきた。 しかし現在、 そのような 「臨床の知」 は、 臨床疫学を理論的柱とする、 「根拠に基づく医療 (evidence-based medicine)」 に置き換られようとしている。 そこでは、 個々の患者のエピソ−ドは、 医師の意思決定にとってさほど重要なものでなくなり、 単なる<バイアス>としか考えられなくなってしまった。

「根拠に基づく医療」 においては、 ある集団の統計学的な観察から導き出された結論が、 絶対的な 「臨床的判断」 とされる。 一人の患者を前にした臨床医にとって、 今や、 それは絶対的な権威をもちつつある。 しかし、 ここに大きな疑問が生ずるのである。 確かに、 「ランダム化臨床試験」 や 「コホ−ト研究」 の研究結果は、 科学的事実であり、 尊重されなければならない。 しかし、 それは、 あくまでも、 集団の観察から導かれた 「抽象概念的事実」 であって、 一人一人の情況の異なる個々の患者に対して、 無条件に当てはめることは出来ない。 このように、 「集団に効くこと」 と、 「個人に効くこと」 は全く異なった 「概念」 なのである。 私は癌の患者さんに、 ゲルソン療法を基本とし、 ある種のサプリメント、 自己活性化リンパ球療法などを提供しているが、 最近、 大腸癌の肝転移が消滅したり、 前立腺癌の全身骨転移が消滅したケ−スに遭遇している。 しかしこの貴重な臨床例も、 「統計学的事実」 を重視する大規模な臨床試験では、 特異値として切り捨てられてしまう。 大規模な臨床試験の結果に基づいて、 一般化される治療効果は、 「統計学的事実」 ではあっても、 個人個人にとっては、 必ずしもあてはまらないこともあるのである。

近代医学においては、 臨床疫学的に確実な根拠 (エビデンス) に基づいた治療法を探求することが、 何よりも重要なテ−マとなっている。 臨床において、 患者自身の病気の物語を深く理解することは、 かつてそうであったように、 今日においても基本的に重要なことである。 最近、 evidence-based medicineに対して、 英国の医師たちの中から、 その限界を指摘する意見が出始めた。 BMJのような医学雑誌には、 患者の疾病や治療に関する経験談が定期的に掲載されている。

 表面的な東西医学の融合や安易な全体論を越えた世界に。  

では、 統合医療は、 近代医学に替わる完全な医学なのであろうか? 最近、 日本でも、 近代医学にあきたりない医師等、 様々な分野の人々が、 統合医療に参入しつつある。 WHOの健康の定義においても、 統合医療的理念が反映され、 それは、 医学の方向性を示しているように受け取られている。 しかし、 そこに問題はないであろうか? 統合医療の実践者は、 無意識のうちに、 「人間の本来の姿は、 無傷であって、 自己治癒力によって回復しうるであろうし、 またそれを目指すことが、 治療のゴ−ルである」、 という 「全体論」 の立場に立っている。 しかし、 この考えには大きな落とし穴がある。 第一に、 人間は、 その存在の根本において、 「無傷」 ではありえないし、 また、 人間の力によって、 「完全性」 を獲得することもできない。 にもかかわらず、 多くの病める人々が証言してきたように、 われわれは、 生きていることに大いなる幸いを感じることが可能なのである。 真の統合医療とは、 そのような、 喜びを、 癒すものと、 癒される者 (時には主客逆転もありうる) が、 共有して行こうという、 誠実な努力でなければならない。 病むことも、 また、 障害を持って生きることも、 決して 「不健康」 ではなく、 人間の究極的価値の実現に至る、 大事な要素であると考えたい。 それは、 表面的な東西医学の融合や安易な全体論 (ホ−リズム) を越えた世界に私たちを導く。

兵庫県立大学の哲学教授石井誠士氏は、 統合医療の進むべき方向性を、 つぎのように語っている。 「私たちは、 私たちの窮境を転換の契機としてのみ、 真に生きるようになる。 医療も、 21世紀には、 ただ、 疾患を処置し、 克服するこれまでのあり方から転じて、 今一度、 私たち一人一人の病むこと、 つまり根源的に生きることに奉仕することに向うのでなければならない。」 石井教授が言われるように、 「一人一人の病むこと、 つまり根源的に生きることに奉仕する」 ことこそ、 私たちが目指す統合医療の目標なのではなかろうか。


(Medical Nutrition 68号より)


BACKSITE TOPPAGE TOP