ニュートリゲノミックス−新時代の栄養学の幕開け

 <高血圧と生活習慣病>
 ANG遺伝子の増大でアンジオテンシンが増量。

       医療ジャーナリスト 赤木三郎

 日本人の高血圧症の90%は原因不明の「本態性高血圧症」で、その遺伝子背景の解明が近年、急速に進んでいる。どのような遺伝子がかわっているのか、また食生活などの生活習慣との関係はどうなのかについてさぐってみた。


 多くの疾病を誘引する別名「サイレント・キラー」高血圧。  

血圧とは、 血流が流れる時に血管の壁にかかる圧力のことであり、 「心拍出量×血管抵抗」 によって決まる。 これが高いまま続くと血管が弱ってしまい、 しなやかさが失われ、 硬くなったり (動脈硬化)、 血管の内側が狭くなり中性脂肪やコレステロールが溜まりやすくなる。 高血圧の基準は、 収縮期血圧が140mmHg以上または拡張期血圧が90mmHg以上をいう (1999年のWHO・国際高血圧学会)。 高血圧は自覚症状がほとんどないため、 かなり深刻な事態になるまで本人が気づかない。 気づいた時には血管はボロボロになっていることが少なくない。 そして多くの疾病を誘引するため、 高血圧は別名、 「サイレント・キラー」 とも呼ばれる所以である。

平成10年の厚生省のデータでは、 高血圧患者は770万人で、 これが原因で死亡する数は6700人に及んでいる。 高血圧症は、 心臓病 (狭心症、 心筋梗塞) に陥るケースが多く、 心臓病の3大危険因子の一つでもある。 健康な人と比べて、 心臓病を発症する確率は、 3倍も高くなってしまう。 日本人の死因のうち、 ガンに次いで多いのが脳血管疾患と心臓病であるが、 この2つを合わせると31%であり、 これはガンの28.5%より多いのである。

高血圧の原因は、 「本態性高血圧」 (原因不明) と 「二次性高血圧」 (腎疾患、 内分泌異常) に分類される。 日本人の高血圧症の90%は本態性高血圧である。


 遺伝子背景の解明が進む高血圧。  

高血圧の発症には、 通常、 遺伝因子の約50%が関与し、 残りの50%は生活習慣 (食塩の摂取、 肥満など) の作用による多因子疾患に分類される。 近年、 本態性高血圧の遺伝子背景の解明が急速に進んでいるが、 高血圧になりやすい人は、 一般的に、 (1)低ナトリウム下で、 よりナトリウムを体内に蓄積することができる遺伝型を持っており、 (2)かつレニン・アンジオテンシン系の遺伝子を持っている。

生体内で血圧を調節する系として 「レニン-アンジオテンシン系」 がある。 この系では、 レニン、 アンジオテンシン、 アルドステロンといったホルモンが血圧調整に協調して働いている。 仮に、 血圧が持続的に低下すると、 腎臓からレニンが放出され、 アンジオテンシノーゲン (ANG、 レニン基質) をアンジオテンシンIへと転換し、 さらにアンジオテンシン変換酵素 (ACE) によってアンジオテンシンII (AIIR) へと転換して活性化する。 AIIRは、 バソプレシンを分泌し、 血管平滑筋を収縮して小動脈を狭窄し、 血圧を上昇させる。 また副腎に作用してアルドステロンを分泌させ、 腎の細尿管でナトリウムと水の貯留を促進して、 血液量と血圧の上昇を促すのである。

特に、 ANG遺伝子の発現調節における遺伝子多型が大きく影響している。 ANG遺伝子の数が増大すると、 血漿中のアンジオテンシン量が増大し、 血圧の上昇に向かう。 この遺伝子発現のコアプロモーター領域にはA/C多型、 C/T多型、 A/G多型が存在しており、 そのタイプによって転写開始因子のコアプロモーターへの結合度が異なり、 遺伝子の転写に違いが生じる。 ある多型の人ではANGタンパク質の発現量が多く、 高血圧になるというものである。


 日本人の本態性高血圧患者の79%はANG遺伝子が関与。  

また、 ANG遺伝子の235番目のアミノ酸はメチオニン (235M) とトレオニン (235T) の多型に分かれるケースがある。 前者ではほとんど問題ないが、 後者に変異している場合、 重症の高血圧になる頻度が高く、 血清中のANG濃度も高い。 日本人の本態性高血圧患者の内、 79%の人はANG遺伝子が235Tのホモ型 (TT) で占められており、 2%が235Mのホモ型 (MM)、 残り19%が中間のヘテロ型 (MT) であるという調査結果がある (羽田明、 臨床医21(5):33、 1995)。 要するに、 ANG遺伝子がTT型の場合、 高血圧になるリスクが極めて高く、 MM型はリスクが少なく、 MT型はその中間となる。

ここで重要なことは、 ANG遺伝子に235Tを持つ人は、 代謝への塩分 (ナトリウム) の影響を受けやすく、 体内に水分とナトリウムを過剰に溜め込むため高血圧体質になる。 こうのように遺伝子多型の特性を調べることで、 高血圧に対する予防・治療方法がまったく異なってくる。

例えば、 同じ高血圧でも、 TTやMTの遺伝子をもつ人は食塩感受性の強い高血圧であるため、 食生活の改善としての 「減塩」 が治療ターゲットになる。 しかし、 MMの人は塩分摂取と高血圧とは因果関係がなく、 逆に減塩を行うことは、 低ナトリウムによる別の疾病を引き起こすことになりかねないため、 注意を要する。

同じ高血圧でも、 日本人の約4割は食塩の感受性に敏感に反応するタイプで、 残り6割は非感受性である。 非感受性タイプの人は、 いくら塩分を減らしても、 それだけでは高血圧を好転することはできないのである。 このように、 遺伝子多型の違いによってまったく正反対な治療法が取られることになり、 遺伝体質をしっかり把握しておくことが重要になる。


(Medical Nutrition 63号より)


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