ニュートリゲノミックス−新時代の栄養学の幕開け

 サプリメントは遺伝子的体質を見極めて利用。

       医療ジャーナリスト 赤木三郎

 生活習慣病の発症にもつながる肥満。その予防は現代人にとって喫緊の課題だ。原発性肥満症の根本的な治療法は食事療法だが、運動療法との組み合わせも欠かせない。肥満防止のサプリメントを活用する場合も、過信は禁物。基本はやはり食生活の改善である。なぜ肥満になるのかをさぐりながら、予防のための方策を考えてみた。


 肥満になりやすい体質を受け継ぐ日本人。  

肥満の予防に関して重要な役割を果たしている幾つかの因子を考えてみよう。

(1)PPARγ:PPARγは、 前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞への転写因子であり、 脂肪合成に重要な役割を演じていることは先に述べた。 生命の誕生以来、 生物は食料不足の中で生きてきたが、 人類も例外ではない。 人は生き延びるために、 食物に有りついた時は満腹になるまで食べてエネルギーを体内に脂肪として蓄積し、 飢餓の時に取り崩すことで、 食物難に耐えられる仕組みを獲得していった。 このメカニズムの主役をなしたのがPPARγであり、 これをコードする遺伝子を 「倹約遺伝子」 と呼ぶ。 しかし、 飽食の時代の今日では、 脂肪合成に働くPPARγは悪役のごとく嫌われ、 PPARγ阻害薬まで登場している。 しかし、 現代人は間違いなく、 PPARγを獲得して飢餓の時代を乗り切ってきた祖先の子孫であり、 人類がここまで生き延びることができたPPARγの貢献を忘れることはできない。

(2)β3アドレナリン受容体:白色、 褐色脂肪細胞の細胞膜に存在し、 中性脂肪の分解と発熱によるエネルギー消費よって肥満防止に働く。 そのシグナル伝達は、 「摂食→交感神経の興奮→アドレナリンの分泌→β3アドレナリン受容体のキャッチ→脂肪分解 (白色脂肪細胞)、 発熱 (褐色脂肪細胞)」 へと進む。 白色脂肪細胞では、 β3アドレナリン受容体がアドレナリンと結合すると、 刺激は→Gタンパク質→アデニル酸シクラーゼの活性化を促す。 これはATPからサイクリックAMPを作る酵素であり、 最終的にはホルモン感受性リパーゼを活性化し、 中性脂肪を遊離脂肪酸とグリセロールに分解する。 実は、 肥満と糖尿病の発症率の高い、 アメリカ、 アリゾナのピマインディアンでは、 この受容体の遺伝子変異 (SNPs) が50%の確率で見つかっている。 これは驚くべき数字であるが、 日本人もこの変異を1/3の確率で持っている。 これは欧米人より高く、 ピマインディアンに次ぐ高率である。 日本人は肥満になりやすい体質を受け継いでおり、 アメリカに渡り、 高カロリー食を食べるようになった日系アメリカ人に肥満が多いのはこのためである。 このSNPsのある人は、 1日の消費エネルギーが正常人と比べて200Kカロリーも少なく、 肥満しやすいのだ。

(3)褐色脂肪細胞:褐色脂肪細胞には、 白色脂肪細胞の1000倍ものミトコンドリアが含まれている。 褐色は、 ミトコンドリア中の酵素シトクロムCオキシダーゼ (COO) の褐色を反映しているのためである。 COOは発熱作用を持ち、 冬眠動物では体温保持に働いており、 人では新生児に多く見られ (100g)、 体温調節に働いている (赤ん坊の体温は大人より高い) が、 大人になると縮小し、 肩甲骨の周辺に少量 (40g) 残る程度になる。 褐色脂肪細胞では、 アドレナリン信号を受けると、 ミトコンドリ内膜に存在する脱共役タンパク質 (UCP) が発現し、 ATP合成を阻害し、 エネルギーを熱として放出してしまうため、 結果として肥満の防止に繋がる。 ミトコンドリア内でのエネルギー代謝は、 通常は、 グルコースがTCA回路、 電子伝達系をへて酸化的に代謝され、 その結果、 ミトコンドリアの内膜と外膜との膜間にH+イオンが蓄積され、 ATP合成はそのH+のイオン勾配を力に行われている。 しかし、 UCPはその蓄積されたH+を自分が通り道となって逃がしてしまうため、 ATP合成が阻害されるのである。 ヤセの大食いの人は、 この遺伝子の発現が強い人と考えられる。

(4)神経ペプチドY:食欲は視床下部の満腹中枢と食欲中枢の2つによって調節されている。 2つの中枢は関連しあっており、 多くのホルモン、 神経ペプチド、 神経伝達物質そして栄養素やその代謝物がそれぞれ促進と抑制に作用している。 神経ペプチドYは、 食欲の調節に重要な働きをもっている。 長期にマウスの脳に投与すると、 餌の摂取が上がり、 熱産生が下がり、 インスリン、 コルチコステロンのレベルが上昇する。 しかし、 レプチン (肥満抑制遺伝子) を脳に投与すると、 神経ペプチドYの遺伝子発現や分泌が抑制される。 食欲を抑え、 体重の減少を引き起こすレプチンの作用は、 実は、 食欲を上昇させる神経ペプチドYの発現を抑制することの結果、 と推測される。


  肥満解消には食事療法と運動療法の組み合わせを。 

肥満の予防や治療は、 生活習慣病の発症予防に繋がる。 エネルギーの出納バランスを目標にした食事療法は、 原発性肥満症の根本的な治療法である。 しかし、 実際に肥満解消の効果を上げるには、 食事療法だけでは不十分であり、 運動療法との組み合わせが必要である。 運動が抗肥満に働くのは、 (1)筋肉が収縮することでエネルギーの消費に繋がるためである。 また、 (2)筋肉重量が増加することで基礎代謝率が亢進する、 (3)様々な転写因子を介した内臓脂肪組織の脂肪合成酵素が低下する、 (4)筋細胞内のミトコンドリアの数が増加して酸化能が向上する、 などの肥満になりにくい体質が作られるからである。 こうした運動の作用によって、 エネルギー消費と体質改善が進み、 肥満の解消に繋がるのである。

ここで注意することは、 肥満防止のダイエット商品としてサプリメントへの過信である。 肥満の先進国、 アメリカでもサプリメントが開発されているが、 基本は食生活の改善、 エクササイズとの組み合わせである。 脂肪燃焼の促進、 糖吸収の阻害、 食欲の抑制などのダイエット効果を狙ったサプリメントが次々と開発されているが、 こうしたサプリメントにのみ頼る方法は邪道であり、 効果が続かず、 無駄な投資を続けることでしかない。 サプリメントを活用する場合、 遺伝子的体質などを見極めて利用することが重要であろう。


(Medical Nutrition 62号より)


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