アルツハイマー病と老人ボケ
 神戸大学名誉教授・葛城病院名誉院長 藤田拓男

覚えているはずの人の顔は頭に浮かんでも名前が出てこなかったり、電話番号を忘れてしまったり…。こうした物忘れがはるかに強くなったのがアルツハイマー病。この病気にも実はカルシウム不足が関係している。脳の働きにカルシウムはどのような影響を及ぼすのか。今回は脳と神経の健康をカルシウムの観点から考えてみた。


 神経細胞の働きに重要な役割を果たすカルシウム 

小学生は優れた記憶力がありますが、これに比べると大人はまだ若いつもりでも記憶力が少しずつ衰えてきています。特に中年ともなると、覚えているはずの人の顔は頭に浮かんでも名前が出てこないことや、電話番号を忘れてしまうことがひんぱんにあります。その程度のことはど忘れとしてあまり気にしない方がよいのですが、こうした物忘れがはるかに強くなったのがアルツハイマー病です。アルツハイマーはドイツの精神科医の名前です。アルツハイマー患者は程度の違いはあるにしても初めに気がついた時よりも案外多くの人がこの病気にかかっていることがわかってきています。老人ボケの中には脳へ血液を運ぶ脳血管の障害で充分に血液が運べず、脳が壊死をおこして軟化する脳軟化症(脳梗塞の病変)が原因となる場合もあります。脳の中でも記憶を司る大切な場所を海馬といい、アルツハイマー病では特にこの場所の細胞が失われて行くのです。

脳の神経の総本山ともいえる所で、神経細胞とそれから出る神経線維が集積して、色々な部分で運動とか、言葉とか記憶などの役割を分担しています。脳の働きも結局は一つ一つの神経細胞の働きの集まりです。カルシウムは神経細胞のはたらきにも決定的に重要な役割を果たしています。副甲状腺ホルモンは骨や腎臓にだけ働くと思われていましたが、脳の神経細胞にも働いていることが証明され、カルシウムの摂り方が足らなくて副甲状腺ホルモンが沢山出てくると、骨からカルシウムを取り出すだけではなくて、脳の細胞の中へカルシウムを押し込みます。神経細胞の働きはもちろん情報を伝えることですから、カルシウムが細胞の中で増えてしまうと、細胞の外と中のカルシウムの大きな濃度差がなくなり、情報を伝えることが出来なくなります。その結果、細胞はその役目を果たせなくなります。そしてさらにカルシウムが細胞の中で増えると脳細胞は死んでしまいます。体の中で、がんにならない細胞は脳と心臓の細胞です。これは細胞分裂して増える力がないためですが、逆に一旦失われたら、再生しない細胞です。脳細胞は一旦失われると、再生しませんが、他の部分の脳細胞が多少はカバーします。しかしそのはたらきが完全にもとにもどることはありません。


 脳細胞の中にカルシウムが増えるのは、カルシウムの摂取が足りないから 

カルシウムを充分にとって、脳細胞の中のカルシウムがふえない様にすることが、脳の働きを完全に維持するための唯一の方法です。

脳細胞の中でカルシウムがふえるのはアルツハイマー病に限らず、脳炎でも脳血管障害でも、脳の細胞が失われて行くときには常に起こる現象です。例えば脳の外傷とか血管障害で脳に酸素が充分に届かないときにも、脳の細胞の中でカルシウムがふえます。

ここで脳の細胞が死ぬのを防ぐためには頭部を氷で冷やすと一時的な効果があることも知られています。いつもカルシウムを充分にとっていれば、副甲状腺ホルモンが余分に出ることもなく、脳の細胞の中にカルシウムが入りにくくなります。牛乳を若い頃からよく飲む人や、女性ホルモンをのんでカルシウムの吸収を良くしている人には、アルツハイマー病が少ないという報告もあります。

 たそがれ症候群の原因の一つにも上げられるカルシウム不足 

カルシュウム不足とアルツハイマー病との関係アルツハイマー病でもう一つ困ることは夕方になると落ちつかなくなって、起き出してフラフラと迷い出して交通事故に遭ったりすることです。これをたそがれ症候群といいます。せっかく自由な時間を楽しんでもらって回復をはかろうとするアルツハイマー病の病棟に鍵を掛けて閉鎖病棟にしなければならないのも、このような事故を防ぐためです。血液中のカルシウムは夕方になると少し下り、副甲状腺ホルモンがふえます。これがたそがれ症候群の原因の一つです。その予防として効果的なのがよく吸収されるカルシウム、例えば3A.カルシウムを昼頃のんでおくことです。ポケットモンスターというテレビをみてけいれんをおこした子供が大勢いましたが、これも興奮して血液の中のイオン化カルシウムが減少したためにおこったことです。そうしたことも吸収のよいカルシウムで予防することがきます。脳と神経の健康のために吸収の良いカルシウムを十分に摂ることはとても大切なことです。


(Medical Nutrition 39号より)


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