カルシウムパラドックスとは?
 神戸大学名誉教授・葛城病院名誉院長 藤田拓男

常識と考えられていたことが実は真理ではなく、逆に常識ではないことが正しいというのがパラドックス。それではカルシウムパラドックスとはいったい何か。例えば、カルシウムを摂り過ぎると腎臓結石ができるというのは常識と思われているが、果たして真理かどうか…


 「カルシウムが不足すると、血管や脳には逆にカルシウムが増えてくる」というのは真理?

パラドックスとは「逆説」の意味で、常識とは逆のことを指します。うっかり考えていると、本当のことがちょうど逆になっている、つまり常識と考えられていたことが実は間違っていたと驚くことがあります。真理はパラドックスのかたちで私たちの目の前に現れることが時々あります。それではカルシウムパラドックスとはいったい何のことでしょうか。

「カルシウムの摂り方が足りないと、骨が弱くなる」。これは正しい常識です。ところが、「カルシウムの摂り方が足りないと、血管や脳には逆にカルシウムが増えてくる」というのが、カルシウムパラドックスです。これは常識ではありませんが、真理なのです。また、カルシウムを摂り過ぎると腎臓結石ができるというのは常識と思われていますが、正しくはありません。真理は「カルシウムの摂り方が足りないと、腎臓結石ができやすい」なのです。常識と考えられていたことが実は真理ではなく、逆に常識ではないことが正しいというのがパラドックスです。カルシウムパラドックスについてもう少し具体的に説明しましょう。


血管にカルシウムが増えると当然血管は硬くなります。これが動脈硬化です。硬い血管は血液が通りにくく、またカルシウムが血管の収縮を起こすので、血圧が上がります。カルシウムの摂り方が不足している人では高血圧や動脈硬化が多く、カルシウムを十分に摂ると快方に向かうことがわかりました。また、明らかにカルシウム不足で起こる骨粗鬆症は、レントゲン写真でもはっきりわかるような動脈へのカルシウム沈着と一緒に起こることが100年以上も前から知られています。最近では高速断層撮影という新しい方法によって、カルシウムやビタミンDの不足している人に冠動脈の石灰化が多いことがわかりました。

 生活習慣病のほとんどがカルシウム不足によるカルシウムパラドックス

カルシウムパラドックスは不思議な現象ですが、よく考えると当たり前のことです。血液中のカルシウムはいつも一定の濃度でないと、心臓や脳の働きがおかしくなり、生命活動そのものが危険な状態になります。したがって、血中カルシウム濃度はいろいろな方法で必ず一定に保たれる仕組みになっています。カルシウムは「生命の炎」といわれるのはこのためです。カルシウムの摂り方が足りないと、血液中のカルシウムは少し減ります。このことは大切な情報として副甲状腺という甲状腺の後に4個ある米粒のような内分泌腺に伝えられ、副甲状腺ホルモンがすぐ出てきます。副甲状腺ホルモンの大切な仕事は、骨に働きかけてカルシウムを取り出し、血中カルシウム濃度を一定に維持することです。いつもカルシウム不足になっていると、常に骨からカルシウムが溶かし出され、骨粗鬆症になります。それだけではありません。カルシウム不足が続いて、副甲状腺ホルモンがいつもたくさん出ていると、骨から過剰なカルシウムが溶かし出され、余分な分は行くところがなくなって血管や脳や軟骨の中、いろいろな細胞の中など、ふつうカルシウムがあっては困るところに入り込んでしまうのです。脳でカルシウムが増えると脳の細胞の働きが落ち、記憶を司る細胞が傷害されるとアルツハイマー病が起こります。インスリンを出す膵臓の細胞の中にカルシウムが入り過ぎると糖尿病になり、いろいろな器官に発生するがんも細胞の中にカルシウムが入り過ぎて起こります。筋肉の力もカルシウムが入り過ぎると弱り、軟骨にカルシウムが入り過ぎると変形性関節症や変形性脊椎症という腰や膝の痛むやっかいな病気になります。生活習慣病といわれる病気が全部カルシウム不足によるカルシウムパラドックスだというのは大変恐ろしいことです。

カルシウムパラドックスの一番わかりやすい例は、腎臓結石でしょう。アメリカのハーバード大学のカーハン教授がカルシウム摂取と腎臓結石の発症の関係について十数年間追跡調査した結果、カルシウム摂取の少ない人に腎臓結石ができやすく、十分な人にはできにくいことがわかりました。カルシウム摂取が足りないと、骨から余分なカルシウムが溶け出して結石になるのです。骨の中には毎日食べる食事に含まれる量の何千倍ものカルシウムがあります。また、結石のできやすい人はカルシウム不足で血液中のイオン化カルシウム濃度の低い人、副甲状腺ホルモンの高い人、血液中のマグネシウムの高い人に多いことがわかりました。

プロフィール
藤田拓男(ふじた・たくお)
神戸大学名誉教授、葛城病院名誉院長。
1929年生まれ。東京大学医学部卒業後、52年米国バファロー大学に留学。帰国後、東大、和歌山医大から神戸大学教授を経て、現職。

(Medical Nutrition 34号より)


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